令和二年二月五

朝八時より少しはやく起床。今日は、予定をあらかじめ作っていたので、昨夜の就寝前に山男夫が目覚まし時計の時刻を尋ねてきたが、碌(ろく)にまともな答えを出さずに話を逸らす。ことに、私はその夜、何時に床に入ったかを知りもしない。
朝食、私は白湯だけを飲み、夫は、手羽先で作ったスープを、ラーメン風にして、卵も一緒にゆでたものを、手つき小鍋を持ったままじゅうたんに座りながら、食べる。真下には、黒ねこのふうが一切れのとり肉がこぼれおちてこないかを、耽耽(たんたん)と待ち構えているから、鍋を置くことができないといっていた。用意していた鍋しきを一度も使わなかった。
福岡市役所にゆき、電気自動車の充電と、食堂での昼食、本屋での買いものを兼ねる。福岡市役所の十五階の大型食堂を、我我は随分と気に入って、この度二度目に食べにきた。元気よく働いている注文聞きの婦人や、レジまちの年配の男性が、気が利くので助かる。
私、親子丼 四百円、
  さんま焼き 百二十円
夫、健康弁当(鶏飯と選べたところ、赤米入りを)、
  肉だか魚だかわからないまま取った一品(魚であった)、
  つけもの(殆ど私が食す)、
  おかずもり合わせ(さといも1皿とひじきを少しだけわけてもらう)
初回よりか、利用者はぐんと増えていて、みなきっかり十二時に、昼休憩を取っている。
「ふくおかで、もっともまともな人人が集う場所だから、安心だねぇ」
と喋る。社食という経験の全くない自分は、労働者の制服への憧れもあって、わざと、きれいではない装い(ほんに汚いのではなく、色あいの地味さや、女性的ではないこと)をして、夫と対面に座るのは、たのしみのひとつである。点点と、公務員ではない相当な老人たちが卓を囲っている。皆で飯を食うわりには触れ合いたくないのか、座席をなるべく離して大らかに食後のまどろみを味わっている卓や、百貨店の食堂のように電話をつかって細く大きな声でものいう女老人の卓あり。限られた席数で、うまいことぽつりぽつりと入れ替わってゆくが、話に夢中の若禿(わかはげ)のサラリーマンが道を塞いでいたので、女性が通りあぐねる。そうとう混みあってきて、コーヒーは今日は飲まずに、さっと二人で引き上げる。前知ったのは、ここのコーヒーは百十円で、白い陶器カップとソーサーがついて懇ろに扱われている身になった。
歩いて数分の本屋にゆく。実母の誕生日の祝いに送る本を選ぶため。携帯電話を持ち歩かない自分は、夫と、「十分後に再びここに合流」などと、細かな打ち合わせを要する。たいがい、私は一、二分遅れている。ここの本屋のひとつの難点は、女性向けの棚が手洗いのまん前にあって、ひきりなしに用を足す男が往復すること位。できれば、工学なんかの類を並べてほしいと思ったりする。風景写真集二冊と、実用書二冊を一時間ほどかけて選んでかえる。その間、二回、夫は車の充電を挿し直しに役所の駐車場を往復していた。2人で戻ると二人の青い制服の警備員が、車体のよこに並んで、充電は二回以内で済ます旨を、夫は伝えられたらしかった。こういう事は、電気自動車に乗り換えてから再三とある。帰宅して、蓮茶を注ぐ。飴と小梅をおやつにする。四日の午前、その朝は五時半に出ていって、豊前の家についた夫は、親方の小山さんに三月中に引越しが出来ることをきく。森のがっこうの船橋さんにも顔を見せにいった。一月下旬からビジネスパートナーである、大事な方もこの家を見に来て下さる。少し下ったところに設けられた太陽光パネルが、貴社の取り扱い商品であったのが偶然で驚いたらしかった。夫は、今後は自動販売機に使えたらいい、と神妙に語っていた。
西日にあたりながら、窓外の庭木(ソヨゴ)にとまりにくるメジロにむかって、ふうは歌うように鳴いている鼻の下を豆が入ったようにふくらませて、口を小刻みにうごかして、こはく色の目でしっかりとらえている。猫のあんもちびも、犬のみどりは半分ねむりながら、みんなで彼女をみている。

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